軍艦榛名・出雲戦歿者留魂碑
場所 江田島町小用 江田島公園内 ※周辺の目印 江田島中学校 小用から秋月に向かう県道沿いになります。
昭和20年7月24日、28日に江田島町小用港沖に停泊中の戦艦榛名と練習艦出雲の両艦が空襲を受け、大破しました。この戦闘において榛名では71人、出雲では3人の犠牲者が出ました。この戦没者留魂碑は、その御霊を弔うために建立されたものです。
戦艦榛名
金剛型戦艦3番艦 戦艦にもかかわらず山の名がつけられたのは計画当初巡洋艦だったため。
1915年巡洋戦艦として横須賀鎮守府に配置。
1945年レイテ沖海戦の修理を呉海軍工廠で行った後、そのまま呉湾に係留。7月28日の空襲により大破着底。
開戦時の南方作戦支援から始まり、マレー沖海戦、ミッドウェー海戦、レイテ沖海戦といくつもの海戦に参加した。
出典 Shizuo Fukui - Kure Maritime Museum, (edited by Kazushige Todaka), Japanese Naval Warship Photo Album: Battleships and Battle Cruisers, p. 117.
江田島町小用港沖で空襲を受ける戦艦榛名
出典Official U.S. Navy Photograph, now in the collections of the National Archives. - U.S. Naval History and Heritage Command Online Library of Selected Images: Photo #: 80-G-490226 http://www.history.navy.mil/photos/sh-fornv/japan/japsh-h/haruna.htm
巡洋艦 出雲
1900年に英国で竣工。
日露戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦と45年間現役であった。
第2次大戦最中の1943年に練習艦となり、以後は瀬戸内海で練習艦として活躍している。
1945年7月24日係留中に空襲を受け転覆着底した。
出典Book:Nippon Junyokanshi, 1991